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2016年12月4日日曜日

神経発達症の人のための人間関係マニュアル13(L.カナーの成功例07)

ブログ管理担当のまさぞうです。

今日の基準からすると非常に重症の自閉症でありながら,
専門的援助なしで良好な社会適応を果たした
L.カナーの12症例のうち,第7例を紹介します。

症例7:ウォルター・P

 ウォルター・Pは1944年6月16日生まれ。ジョンズ・ホプキンス病院の初診日は1952年7月8日(8歳時)。出生時から3歳半頃までは正常にみえたが,その後,母親から言語発達の異常に気づかれた。すなわち彼は異様なほど静かになり(ただぼんやりと周囲を見回しながら長時間じっと座っていた),やがてまったく言葉を発しなくなった。コマなどのおもちゃに対して並外れた執着を示し,それらの物がいつもの場所に置かれていないと落ち着かなかった。その反面,周囲の人間にはほとんど興味を示さず,自分の名前を呼ばれてもなかなか反応しなかったという。

 ウォルターの両親は社交的で,社会適応に問題はなかった。父親は2年間大学教育を受け,アメリカ合衆国連邦政府で条例関係の部署(ordinance engineer)で働いていた。息子(ウォルター)に関しては母親よりも詳細で正確な情報を教えてくれたという。ウォルターの母親も2年間大学に通い,銀行で働いて,息子の治療・援助に必要なお金を稼いでいた。父親も母親も自分たちの夫婦仲にはまったく問題はないと力説した。ウォルターには3歳年上の兄がいたが,この兄には特に問題はなかった。

 ウォルターは正期産だったが,生後3週間で幽門狭窄症(胃の出口が狭くなっていること-訳注)を発症し,手術を受けた。術後の経過は順調で,授乳には問題はなかった。生後2歳半頃からしゃべり始め,3歳までには排便・排尿のコントロールができ,この頃には何の異常も認められなかったという。

 ジョンズ・ホプキンス病院では,ウォルターは外見は魅力的だが,反応ぶりは不自然で,機械仕掛けの人形のようだった。病院スタッフにはほとんど注意関心を向けることなく,ぼんやりと窓の外をながめて,最低限の質問にだけ答えていた。セガン・フォーム・ボード検査(Seguin formboard:型板を同じ形態の穴に入れる課題)ではすべてのピースをすばやく正しい穴に入れることができた。「あなたのお名前は?」「あなたは何歳ですか?」「椅子に座って下さい」といった言葉には反応したが,それ以外の質問・指示には協力できず,言葉を使った検査は施行不能であった。ウォルターの行動は全体に繰り返しが多く,強迫的で,積極性に欠ける印象だった。

 ウォルターは9歳になっても依然として強迫的であり,ほとんど言葉を話さなかったが,「保育園(play school)」でそれなりの進歩をみせ,いくつかの単語をまねたり書いたりできるようになった。この時期には何か欠けたり壊れたりしたものを見ると,それを完全に破壊することにこだわっていたという。

 ウォルターが10歳の時,母親は「あの子はとても進歩しています」と語った。彼は知的障害児のための学校に通い,(英語を)書くことと,簡単な算数を勉強していた。彼は楽しそうにやっていたが,(英語を)読むのは苦手だった。他の子供達と遊んだり話したりする能力は進歩しており,自分の言いたいことはいえたので,電話で簡単なメッセージを伝えることもできた。ただ行動は強迫的で,皮膚が赤くなるまで自分の顎を叩いたり,繰り返し目をこすったりといった儀式的行為がみられた。母親は息子のことを,外出させても問題を起こさない,「かわいい良い子」だとみていたらしい。

 ウォルターに対してはその後,自宅近くの精神科クリニックでフォローアップが受けられるよう手配された。

 1971年(27歳時)にウォルターの母親は我々に次のような手紙を送ってくれた。
 「ウォルターは1956年(12歳時)から1962年(18歳時)の間,障害を持つ子供のための寄宿舎つきの学校に入り,週末ごとに寮から自宅へ帰っていました。その学校を卒業した後は,父親が亡くなったので,現在まで私(母親)と2人暮らしです。ウォルターは2年間別の学校に通った後,少しのあいだ保護的就労(sheltered workshop)で働きました。1968年(24歳時)の6月からは小さなレストランで時給1.25ドルの皿洗いと給仕助手の仕事をしています。彼はその仕事を楽しんでおり,雇用主には好かれていて,仕事を休んだことは一度もありません。ウォルターはハンサムな若者で,自室の掃除など日常生活は完全に自立しており,いつも身ぎれいにしています。周囲を心配させるような行動はありません。いつも私の家事を手伝ってくれ,自分で庭の手入れをしています。庭仕事ではエンジン付きの芝刈り機を上手に使い,メンテナンスも自分でやります。ウォルターの問題はコミュニケーションです。その気になればかなりはっきりと表現できるのですが,自発的な会話がないのです。自分の言いたいことは言えますし,かかってきた電話の応対もでき,その場で私が尋ねれば誰からの電話かを教えてくれます。ただ私の留守中に電話があると,私が帰宅後いちいち聞かないかぎり,電話がかかってきたことも教えてくれないのです」

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