<はじめに>
平成19年頃より発達障害児者へのトラウマ治療の必要性が指摘され始めたことを受けて、平成20年に道立緑ヶ丘病院に着任して以来、いくつかのトラウマ治療技法を学びながら入院患者の心理治療に力を注いできた。この4年間に児童成人合わせて98名の入院心理治療を医師単独で行い、そのうち27名が自閉症スペクトラム障害(ASD)の患者であった。
<心理治療技法>
・ HP (催眠療法・ヒプノセラピー)
・ EMDR (眼球運動による脱感作と再処理法)
・ SE (ソマティック・エクスピリエンス)
・ CBT (認知行動療法) など
・ 1回のセッションには通常60~90分
・ 通常1週~1カ月の入院期間中に4~15回程度
・ 患者の特性に応じて治療技法を組み合わせた
<結果> (全体)
・ 全体で98名、合計559回のセッション
・ HT(45%)、EMDR(37%)、SE(16%)、CBT(2%)
・ かなり効果あり( 19名/19%)、効果があり( 39名/39%)
・ やや効果あり( 16名/16%)、効果がなし( 24名/24%)
発達障害の有無による違いを検討したところ、平均治療回数と解離性症状に違いがみられた以外、年齢性別や治療効果や技法の頻度などなどに大きな差はなかった。
・ 発達障害児を持つ母親の心理治療:17名(17%)
17名中の7名が子どもの虐待ケース
・ 敏感すぎる気質(HSP):約50%
・ 気分障害(Dep):約50%
・ アダルトチルドレン(AC):30%
・ 解離性症状:全体で41% (発達障害児者では25%)
<結果>(自閉症スペクトラム障害患者)
・ 全体で27名、合計197回のセッション
・ 精神遅滞あり(5名/19%)、アスペタイプ(14名/52%)
・ かなり効果あり( 6名/22%)、効果があり( 7名/26%)
・ やや効果あり( 8名/30%)、効果なし( 6名/22%)
・ 解離性障害(8名/30%)、アダルト・チルドレン(10名/37%)
・ PTSD(10名/37%)、HSP(15名/56%)
・ 境界性パーソナリティー障害(4名/15%)
・ 統合失調症様状態(1名/4%)
・ 気分障害(13名/48%)、不安障害(11名/41%)
<考察>
・ 発達障害の有無に関係なく、生育上のトラウマを抱えてさまざまな精神症状に悩まされている患者は多く、投薬治療による精神症状の治療だけでは心理面の苦しさや情動面の変動や行動面の激しさを抑えることが難しい。
・ 心理治療とは、治療者との信頼関係のもと、心の扉を開き、普段は意識せずに心の奥に固まったままの未処理なトラウマ(冷凍保存記憶)を取り出して処理(解凍)し、埋もれていた本来の思考・感情・感覚・直感に気づき、新らしい自分に生まれ変わっていくための治療法である。
・ 皮膚外傷が保清と湿潤環境があれば薬なしでも生体の自然治癒力で治せるように、心の傷(トラウマ)も安心と安全が保証される環境において心の自然治癒力で治す(回復する)ことができる。
・ 感染や骨折を伴う深い皮膚外傷が生体の治癒力だけでは治りきらないように、慢性に繰り返される人間関係ストレスによる深い心の傷は自然治癒力では治りきらず心理的治療が必要になることがある。
・ 発達障害児者では、単一焦点や不安・記憶の強さという本人の発達障害特性や親の特性を踏まえての心理治療の工夫が必要となる。
・ 発達障害児者の中でも、不器用で主観的で感覚敏感で記憶がよく自己認識や自己主張が弱いタイプは、そのような発達特性が故に人間関係ストレスにより複雑で深いトラウマを受けやすい。
・ 生来の発達障害特性を持ちながらも、普通に見せよう(させよう、なろう)とする代償や解離メカニズムが働いて、苦しい思いを周囲から理解されず障害に気がつかれずに成長した発達障害児者がいる。
・ 発達を幅広く多面的に観て、高次脳機能の発達障害特性や二次的な精神障害特性に加えて、心理・人格の愛着障害特性をも考慮に入れたトラウマ治療という視点を持つことで発達障害児者の支援を行っていくことが大切である。
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